さらさ

洗濯機の底に見慣れた細長いボールペンサイズの何かが落ちているなと思い拾い上げてみると、それはまさしく細長いボールペンサイズのボールペンであった。私のお気に入りのSARASAであった。インクはすべて洗濯後のすすぎの水とともに流れ果て、何とも潔くも美しく、全き空っぽであった。

さようならさらさ。

そうしてひとつのSARASAに別れを告げた私は、次のSARASAとともに人生を歩まんと引き出しの中に眠っていたSARASA DRY 0.4を取り出し、ストックしていた0.5の替え芯を入れ使うことにしたのだ。そしたら意外と使えたのだ。0.5でも使えたのだ。よかった。

こんにちはさらさ。

そういう日々

とんぼがすいーっと、目の前にとんできて、ふっと動きを止めたと思ったら、またすいーっと飛んで行った。

秋なんだよね、秋。

お構いなしに地球は裏返る。くるりんぱのどんでんぱ。

雲がずいぶん早く流れていく。空の上はここより風が強いらしい。

うまく風をつかめないのか、地味な茶色の鳥が、ちっとも前に進めないまま雲の切れ間で両の羽をじたばたさせてもがいている。

うまく飛ぶこともできないなんて、鳥のくせにみっともない。

少し馬鹿にしたような哀れんだ目で見ているうちに、瞬間、突然にすいっとものすごいスピードで流れる様に向こうの屋根を超えて飛んでった。羽ばたきひとつせず、ぴんと伸ばした翼と流線型の胴体を、見事に風の流れに沿わせた美しく傾げたシルエットを残して。消えた。

あらあれ哀れなのは哀れんでた自分だっけ?ぽつん。

風を見つけたんだ。

そう思いながらあの鳥が見つけた風がわたしにも見えるんじゃないかと空を見上げて探してみる。

鉛筆で書いた筋みたいになって見えたらいいのにな。

そう思ってしばらく空と雲を見つめてたけど、ああいい年してこんなことに夢中になってちゃいけないんだったって思いなおして、マスクをかけ直して会社へ戻って、そうして仕事をする・・・ような、しないような。

本当はあともう少しだけ、あの大きな雲に後ろから追いかけてきた小さなちぎれ雲が追い付いて、うまくくっついて一つの雲になるかどうか見届けたかったんだけどね。

そういう日々。べんべん。

犬、ごめん

結局家族なのだ。

家族の亡霊から逃れることができなかったのだ。

そのせいでわたしは自分を、自分の若さを、自分の時間を犬にでもくれてやるみたいに無駄にしてしまったのだ。

いや、犬、ごめん。

いきなり悪口をいわれた犬もある意味家族の亡霊の被害者なのだよね。

犬、ごめん。

今度

わんちゅーるでもくれてやるから許しておくれ。

心がそぼろ

わたしなんて心がそぼろみたいにぼろぼろでほろほろ。醤油と砂糖で煮詰めたら、さぞかし美味しいだろうねなんて、通りすがりのカラスが笑う。だからわたしも笑う。ほら、あなたも笑って。

指をひらひらさせるの。それが合図。

なんの合図かって?

さてね。

わかってても、わからないふりがいいかんじ。

ぺへ。

それくらいの謎

朝起きて1時間くらいしたら、なんだか急に何もかもが嫌になってしまい、ああもう私なんか棒切れかなんかになってしまえばいいのに、いいや、ごまでもいい、ごまの一粒にでもなってすりつぶされてすりごまにでもなってしまえばいいのにと、なんだかめったやたらと厭世的になってしまった。めったやたらと意味もなく唐突に脈絡もなく、休日の朝早くからこんなにも厭世的になるのは私としても少し困るので、とりあえずユーチューブで猫の恩返しの歌を再生。

OK。うまくいった。心の平安が取り戻せた。ふふん、取り戻せたどころか繰り返し再生の上、一緒に歌まで歌ってしまった。そのうえおまけに口笛まで吹いてしまった。口笛。わたしは結構口笛が上手なのだ。何を隠そう中学生のころ、部活の朝練の時アルプスの少女ハイジの歌を口笛で吹いてみんなの称賛を浴びてしまうくらい、それくらい口笛が上手なのだ。

それくらい。 それくらい? どれくらい? さて、人生には謎が多い。

さぁ人生の謎を追求しつつ、部屋に掃除機をかけよう。かければ。かけます。

かわいそうなハナミズキのために

すっかり枯れ果てていた木の枝に、ぎゅっとつぼんだ新芽がつき、そのうちの一つはあろうことか、もう双葉を開きさも春が来たかのようななりでいる。時が読めない哀れなつぼみなのか、最初のぺんぎんならぬ最初の双葉、誇り高きパイオニアなのか。

いずれにしろ哀れに変わりはない。時知らずもパイオニアも、歩調を合わせることを肝要とするものから見ればどちらも同じこと。一人立つというのはそれなりに大変なことに違いない。

人の住まぬ家の庭先の枯れ木には雀がよく遊ぶ。そんな風に何とはなしに感じていた空き家だった隣家に人が越してきた。いつも朝早くから集まっては鳴いていた雀がここ最近すっかり寄り付きもしない。

かわいそうなハナミズキ

連休前

そうか、生きてたんだ。

車のエンジンを止め、新しいマスクを真ん中でふたつに折りたたんで山折り線をつけている間に、思わずそんな言葉が口を突いて出た。

ただ唐突に、誰のことなのか何の意味かもわからないまま、私の口が動き私の声がそう言った。

最近はいつもこんな風だ。自分でも意味のわからない独り言が勝手に口からこぼれる。

曇り空。

今日一日過ごせば3連休だ。

3連休全部がフリーだったらほんとに幸せなんだけどな・・・

そんなことを思いながら車を降り、空を見上げる。

ははは。笑ってみる。

曇り空じゃ笑いも乾く。

私の笑い声がずっと遠く西の空の向うへ、白いモクレンの花に吹かれてとんでいった。

バイバイ。